個人事業主が法人成りするメリット•デメリットを解説

個人事業主としてスタートした人もビジネスが順調に成長していき、事業規模が大きくなってくると、消費税を払うタイミングや人を雇用するタイミングなどで、法人化を検討するようになります。

しかし、どのタイミングで法人化するのがいいのか分からず、検討はしているけど、ふんぎりがつかないという人も多いのではないでしょうか。

個人事業主が会社を設立して法人化することを「法人成り(ほうじんなり)」と呼びますが、ここでは個人事業主が法人成りをするメリット、デメリットを中心に解説していきます。

この記事の執筆者:宇坪隆夫

個人事業主が会社設立(法人成り)するメリット

個人事業主が法人成りする場合の最大のメリットは、社会的信頼を得ることができることです。

フリーランスで活躍していた個人事業主が、会社設立をきっかけに、人を採用し組織化しながら、個人では請け負うことができなかった大きな仕事を獲得していき、会社を大きくしていったという例をたくさん見てきました。

そして、法人成りを検討する一番のきっかけになるのは、節税というキーワードでもあります。

ビジネス上、信用力と節税はとても重要な要素になります。

 

●対外的な信用力アップによるメリット

会社を設立すると、営利を目的とした法人格として法的地位を有することになります。これにより、責任の所在が明確になるため、社会的信頼を得ることができるようになります。法務局で登記をされることで資本金などを公的に保証されることにもなるため、特に資本金は多ければ多いほど対外的な信用力も増していきます。取引先は法人に限定している会社も多くあるため、法人化することでビジネスの幅は格段に拡大していきます。

また、資金調達の面でも、法人化することで信用力が上がり、銀行融資や資金調達の幅が広がります。個人事業主として銀行から融資を受ける場合は、保証人を求められることも多く、条件がとても厳しい上に借入限度も低いです。個人事業主だと、融資を受けながらビジネスを拡大しているというやり方も難しいのが現状なのです。

人材の採用についても、個人事業主として一般的な媒体などで求人募集活動をしても、人を採用できることは稀です。特に日本では人口が減り慢性的な人手不足になっていますので、人を雇いたいのであれば、法人にして社会的な信頼を得ておくことは必須と言えるでしょう。

 

●節税メリット 

個人事業主が法人成りする場合の税金面に対する節税メリットについて見ていきます。

 

1.所得税と法人税との税率の違いによる節税メリット

個人事業主は、毎年3月15日までに確定申告をすることになりますが、確定申告をすると、売上から経費を引いた利益(所得)に対して所得税がかかります。所得税の税率は、所得税の税率は5%〜45%となっており、利益を出して稼げば稼ぐほど、税金の負担が多くなっていきます。

所得税の速算表

法人成り 所得税の速算表

参考:所得税の税率−国税庁

 

これに対して、法人化した場合は、会社として利益を出していくことになりますが、その利益に対しては法人税などの税金がかかってきます。会社として負担することになる法人税等の税率は約33%(実効税率)で、税率は、ほぼ一律です。そのため、一定以上の利益を出している個人事業主であれば、法人化した方が税金の負担は減らすことができると言えます。

※中小法人の実効税率の計算方法(標準税率)

 法人税率23.2%×(1+法人住民税率10.3%+地方法人税率7%)+事業税率7%+特別法人事業税率7%×37% /1+事業税率7%+特別法人事業税率7%+37%=33.6%

参考:法人税の税率−国税庁

参考:法人事業税・法人都民税|税金の種類|東京都主税局

 

個人事業主の利益(所得)が900万円を超えると所得税率は33%ですので、住民税率の10%と合わせると、税率は43%になり、法人税の実効税率の約33%を超えてきます。また、個人事業主の利益(所得)が695万円を超えると所得税率は23%、住民税の10%と合わせると33%になりますので、個人事業主としての利益(所得)は700万円くらいになっていれば法人化をした方が税金の負担を減らせる可能性が出てきます。単純に税率の比較だけでは、決められませんが、税率の面からは個人事業主の利益(所得)700万円というのは一つの目安になるでしょう。

 

2.役員報酬を払って給与所得控除を利用することによる節税メリット

個人事業主の場合は、売上から経費を引いた利益(所得)が自分の取り分という考え方をしますが、会社の場合は、自分の取り分は、役員報酬という名目で給与を支給することになります。

役員報酬として受け取った給与は、所得税の対象となりますが、給与の場合は給与所得控除といって、非課税の枠というものが存在するため、給与所得控除額分だけ所得税の負担を減らすことができます。この給与所得控除という非課税枠は、個人事業主にはない制度ですので、法人化して、給与を受け取ることで給与所得控除分に対する所得税の負担を減らすことができるので節税になります。

また、この役員報酬は経費として計上することができますので、個人事業主としての利益分を、役員報酬として全額支給すれば会社としての利益は0円となり、法人税はかからないといいうことになります。

給与所得控除−国税庁

3.欠損金の繰越控除という制度による節税メリット

青色申告をしている個人事業主が赤字を出した場合は、この赤字分を翌年以降繰り越すことができます。

赤字分だけ翌年の利益と相殺することができるので、その分だけ税金の負担が軽減されます。個人事業の場合は、この繰越ができる期間は3年間と決まっていますが、法人の場合は、この繰越できる期間は10年間となっています。創業期などで赤字額が大きくなる場合は、法人の方が繰越できる期間が長いため、税金の負担を減らすことができる可能性が高いと言えます。

 

4.消費税の免税による節税メリット

個人事業主は、原則として2年前の年間売上高が1,000万円を超えると消費税の課税事業者になり、消費税を納める必要があります。そして、消費税を納めている個人事業主が法人成りをして会社設立をすると、資本金1,000万円未満の会社であれば、例外を除き、設立から2期間は、消費税が免税されていました。このため、この消費税が免税になるということが個人事業主の法人成りする際の一つのメリットでしたが、インボイス制度が始まると、この消費税の免税のメリットが実質的に使えなくなる可能性が出てきました。インボイス制度が始まった後は、消費税が免税になるから法人成りをするという考え方は注意が必要です。

インボイス制度については、「インボイス制度|会社設立のタイミングを知っておこう」で詳しく解説していますので、参考にしてください。

 

5.会社設立をして経費に計上できるものが増えることによる節税メリット

個人事業主の場合は、経費に計上できるものが限定されます。事業として必要な経費については本来全額経費となるべきなのですが、個人事業の場合は、プライベートのものと被ることも多く、対税務署的な視点では全額経費に計上できないものが多くあります。これに対して法人の場合は、営利を目的とした法人格として公的に認められた存在になり、経費計上できる幅が広がります。例えば、個人事業主が生命保険に加入しても生命保険料を経費に計上することはできませんが、法人の場合は契約者が法人であれば経費に計上できますし、自宅も法人契約にすれば社宅として経費計上が可能になります。

個人事業主が法人成り(会社設立)するデメリット

個人事業主が法人成りして会社を設立すると、日々の手続きも煩雑になり、様々なコストが増えることがデメリットになります。

●会社設立費用がかかる

会社を設立するためには、費用がかかります。登録免許税など最低かかる実費だけで約20万円かかりますが、専門家に支払う報酬や印鑑代なども含めると25万円から30万円くらいはかかることになります。会社の設立の初期費用と言えますが、なるべく費用は抑えたいところです。

会社設立費用については、「会社設立にかかる費用の相場を徹底解説」も参考にしてみてください。

 

●社会保険の加入が必要になる

会社は、健康保険や厚生年金のいわゆる社会保険については、強制的に加入する必要があります。社員を雇う場合はもちろんですが、社員を雇わない場合でも、個人事業主が法人成りすると、個人事業主が代表取締役になり、役員報酬という名称の給料を支給することになるため、この役員報酬の額に応じて社会保険料を支払うことになります。

社会保険の補償は手厚くなっているため、将来受け取れる年金や病気やケガで仕事を休んだ時に出る傷病手当など、社会保険に加入するメリットはたくさんありますが、社会保険料は、給料をもらう本人だけではなく、会社でも負担する必要があり、個人事業より金額的な負担は重くなるというデメリットもあります。

社会保険料の会社負担は、給料の約15%です。この15%分の社会保険料は個人事業としては掛からなかった経費ですので、この社会保険料の負担に耐え得るかなども考えた上で、法人成りをするかどうかを検討する必要があります。

 

●均等割額がかかる

個人事業で赤字になった場合は、税金がかかりませんが、法人になると赤字でも、最低7万円の税金がかかります。これは均等割と呼ばれるもので法人の住民税にあたります。会社が赤字であれば、法人税は掛からないのですが、この均等割の7万円は毎年負担しなければなりません。

均等割については、資本金の額によって負担額が変わりますので、「会社設立時の資本金はいくらにすべき?決め方や平均」の記事を参考にしてみてください。

 

●税理士報酬がかかる

個人事業主は、毎年3月15日までに確定申告をしますが、確定申告を自分でしている人も多いと思います。税務署に行けば無料で相談もできますし、国税庁のホームページ「確定申告書等作成コーナー」などを利用して確定申告書を作成している人もいるでしょう。

しかし、法人になると、確定申告書の作成そのものは複雑になり、特殊な知識も必要になるため自分で作成することは、かなり難しくなります。また、役員報酬などの税務の取り扱いなどの専門的な知識も必要になるため、税理士に申告手続きや会計処理などを依頼する必要があります。このため、個人ではかからなかった税理士への報酬が発生することになります。

 

●役員変更や本店移転などの法的手続きと費用がかかる

株式会社を設立すると取締役や監査役といった役員の登記が必要です。この役員については、最短1年から最長10年という任期があり、任期を終えると退任することになりますが、同じ人が再就任する場合でも、役員変更登記という申請手続きを法務局で行う必要があります。司法書士などの専門家にこの手続きを依頼すると3万円から5万円ほどの費用が発生します。また、会社の住所(本店所在地)を変更した際にも、本店移転という法務局への登記が必要になるため、登録免許税という税金だけでも3万円から6万円かかり、これに司法書士への報酬が別途発生することになります。

 

 まとめ

個人事業主が法人成りを検討する際には、メリットとデメリットをしっかりと把握して判断する必要がありますが、ビジネスの内容や規模などによって、その判断は変わってきますし、一概には有利不利の判断はできません。しかし、社員を雇って、ビジネスを大きくしていくのであれば、お金を残すという意味でも法人化は早めに検討すべきでしょう。法人化にした場合の社会的な信頼の獲得がその先のビジネスの安定や拡大に繋がっていきます。

節税やデメリットのことを考えすぎると、法人成りのタイミングを逃してしまうこともあります。人を雇うとき、新しいビジネスをはじめる時、ビジネスを拡大していきたい時などは、法人成りの絶好の機会ですので、ぜひメリット面を意識して、検討してみてください。

すでに個人事業主としてビジネスをやってきた人であれば、しっかりと準備してタイミングを間違わなければ、デメリットを上回るメリットを享受できるはずです。